主に80年90年代、自分が好きだったスポーツ、音楽、ドラマ、アイドルなどを取り上げていきたいと思っています。
見出し 江川卓・引退
 
【2006/12/01】
2006年、日本ハム・新庄剛志選手が引退。
まさに彼らしい華々しい幕引きでしたが、まだ30代半ば・・・
余力を残して引退!という点では、この人を思い出してしまいます。

egawa1.jpg江川卓(えがわすぐる)
元・読売ジャイアンツ投手。
1955年5月25日生まれ。
プロ生活9年、通算135勝。
左・1987年当時(32歳)

かつて「怪物」と呼ばれた江川卓。
掛布さん共々バラエティタレント?のような活躍のため(笑)
プロ野球選手だった、ということを知らない人も増えてきました。
つくづく時代の流れを感じてしまいます。

江川投手の現役時代は、肩との闘いでした。
肩の調子が悪くなり始めたのは、入団4年目(1982年)といいます。
晩年は、全盛期の浮き上がるストレートはすっかり影をひそめ、
せいぜい135kmを出すのが精一杯だったでしょうか。
直球勝負からテクニックでかわすピッチングに変貌していました。
また100球前後でマウンドを降りる試合も増えていき、
マスコミからは「100球肩」と揶揄されてしまいます。

そして運命の日を迎えることに・・・

1987年9月20日・広島カープ戦(広島市民球場)
この日の江川投手は、球速表示が140km以上を記録するなど、
まさに全盛期を彷彿とさせる豪快なピッチングを披露♪
8回を終わった時点で広島打線をほぼ完璧に封じていました。
そして巨人1点リードで最終回のマウンドに立つことに。
1点のリードがあれば十分とも思えるような雰囲気でしたが、
9回ツーアウトから小早川選手に逆転サヨナラHR〜〜〜〜〜
打たれた球は、彼がこだわっていた「ストレート」でした。

egawa2.jpg左・サヨナラHRを打たれ呆然。
しばらく動けない江川投手でした。
このHR前に(バッター高橋慶彦)
江川&中畑のまずい守備が発生〜
試合終了のはずだったのに・・・

片膝をつき、打球の飛びこんだライトスタンドを見つめる姿・・・
法政大学の後輩に打たれた、というのも何かの因縁でしょうか。
この試合で引退を決意したと言われています。

10年間現役でいたい、東京ドームで投げたい・・・
晩年にかけて↑このような理想を抱いていた江川投手。
結局、この年13勝をあげて王ジャイアンツのV1に貢献!
また西武ライオンズとの日本シリーズでも好投をみせましたが、
理想のピッチングが出来ない「もどかしさ」があったのでしょう。
1987年11月9日に、今季限りで引退〜という意向を表明。
奇しくもその日は後楽園球場の解体工事が開始された日でした。

通算266試合135勝72敗 防御率3.02 奪三振1366

〜 1987年11月12日、記者会見を行い正式に引退。〜

なお、引退会見の模様はYouTube参照。
=== 1987 江川卓引退記者会見 ===
http://www.youtube.com/watch?v=2cb20zIzdQs

【DVD】熱闘!日本シリーズ 1987 西武-巨人(江川最後のマウンド)
【BOOK】江川流マウンドの心理学―野球の面白さ100倍!駆け引きバイブル

「江川卓」関連は、下記サイトでも紹介されています。
Sports&News,24:昭和の怪物 江川卓
tomokazu room:巨人魂
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コメント
はじめまして、うてきなぷりぱと申します。よろしくおねがいたします。私もこの歴史の舞台にいました。
 江川投手の球場を去る後姿が、脳裏に焼きついてます。
[2007/01/28 12:39] URL | うてきなぷりぱ(ぷりちゃん) [ 編集] | TOP ▲
コメントありがとうございます。
はじめまして、うてきなぷりぱさん。
わたしは当時テレビで見ていた覚えがあります。
うなだれるように去っていきましたよね・・・
小早川選手はその前の打席でもホームランを打っていたので、江川さんも意地があったのでしょう〜
果敢にストレートで挑んでいったのが印象的でした。

[2007/01/28 13:25] URL | ぶるぼん [ 編集] | TOP ▲
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